免疫の病気:加齢と自己免疫疾患

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1.自己免疫性甲状腺疾患:1)バセドウ病

 バセドウ病(Graves’ disease)は若い女性に発症しやすく発症には年齢依存性と性特異性がある病気と思われています。半分は当っています。甲状腺機能が亢進し(hyperthyroidism)、甲状腺から甲状腺ホルモン(triiodothyronine(T3), thyroxine(T4))が大量に放出されます。その結果、いらいら感、頻脈、発汗、食欲亢進、体重減少などの症状が出現します。この他に眼球突出や皮膚の色素沈着と脱色素などの症状、甲状腺腫大が重なります。前者は甲状腺ホルモン作用の過剰から、後者は甲状腺(thyroid)を刺激する自己抗体(autoantibody)による症状です。甲状腺刺激ホルモン(thyroid stimulating hormone(thyrotropin)(TSH))という脳下垂体前葉から分泌されるペプチドホルモンの受容体(TSH receptor (TSHR))に対する自己抗体(anti-TSH receptor antibodies(TRAb))が病気の原因とされています。この自己抗体(TRAb)が甲状腺を刺激しますから、甲状腺機能亢進症状の原因はTRAbであるといっていいかもしれません。しかし、本当の原因は自己抗体ができる機構です。年齢依存性や性特異性もTRAbだけでは説明できません。

 自己抗体がどこでできるかは大体見当がついています。免疫細胞のうち、Bリンパ球(B cell)や形質細胞(plasma cell)の一部です。これらは抗体産生細胞(antibody producing cell)といわれています。ここに二つの問題が提起されます。一つは何故TSH受容体に対する抗体が作られるようになったのか。すなわち、「抗体が関与する相手(これを抗原(antigen)(または自己抗原といいます))として何故TSH受容体が選ばれたのか」、という問題です。もう一つは「抗体産生細胞にどのようにして、自己抗体を作らせる情報が移入されたのか」、という問題です。

 リンパ球にはB cellの他にT細胞(T cell) という一群の細胞があります。抗体産生の情報をB cellに伝えるのがT細胞です。この細胞は表面に存在するマーカーによりCD4+T細胞といわれます。CD4+T細胞はマクロファージなどに発現される自己抗原物質を認識します。この物質をmajor histocompatibility complex(MHC)といいます。TSH受容体構造はマクロファージで抗原として認識され、記憶されます。マクロファージの抗原提示には複雑な機構が存在します(「免疫の病気:発症のからくり」を参照)。

 CD4+T cellは、もともとCD4+8+ T cellという細胞から分化した細胞です。このダブルにマーカーを保持した細胞は極めて強い抗原認識機能を持っています。T cell receptor(TCR)といって抗原認識のためのMHC監視装置を巡らし、もし、抗原として認識される物質があれば、それが細胞であれ何であれ、これを強力に破壊してしまう情報を発信します。幸いにこの細胞の寿命は短く、個体全部が破壊されるまで力を発揮することはありません。

 TSH受容体は誰もが持っています。マクロファージという細胞もだれにも備わっています。それぞれのリンパ球も存在しています。ですから「TRAbという自己抗体はだれにでも産生できるのではないか?」という疑問が湧いてきます。だれもがバセドウ病になっていいわけです。自己抗体の合成機能は誰もが持っています。そしてわずかながら抗体はだれにでも見つかります。抗体を持っていることと発症することとは、別のことになりそうです。

 自己抗体を検出できなくてもバセドウ病になる人もいますし、大量の自己抗体を持っていてもバセドウ病を発症しない人もいます。発症と自己抗体の間には関係はありますが、抗体だけでは説明できないところがあります。このギャップを埋められるような研究はノーベル賞クラスの研究です。

 図1の中で気になる言葉が何回もでてきます。それはアポトーシス(apoptosis)という言葉です。アポトーシスの概念が科学としての生物学に取り入れられたのはわずか20年前です。それ以後、生物学は、それまで信じられていた事柄すべてをひっくり返すような騒ぎとなりました。細胞が自殺するなどということ、また、細胞死が予めプログラムされているなどということは常識的に信じられないことであり、それを口にすることはタブーとされていたからです。アポトーシスの概念を公にすることはガリレオの勇気に匹敵しました。ガリレオの勇気がそれ以後の天文学、物理学を根底から変えたようにアポトーシスを発表した勇気は生物学を根底から変えました。

  アポトーシスがあるからこそ、体に不都合な細胞が出現しても構わないという理論が生まれました。自己を非自己と区別する仕方について過去には大論争がありました。バーネットというノーベル賞を受賞したオーストラリアの学者がいます。彼は自己と非自己を区別する仕組みの成立を胎児での免疫機構発達過程に求めました。胎児では自己しか認識できません。認識した自己は免疫的に攻撃対象にはならない(免疫寛容)、という仮説を立てました。胎児期にリンパ球が接することができなければ(隠されたクローンといわれます)、それは例え自己であっても生後、それに接した時、それを非自己と看做し、自己抗体が出現するという説に発展しました。

 胎児期での免疫能獲得は現在でも生きていますが、隠されたクローン説は否定されています。MHCという抗原の提示は自己を隠す必要がないし、また隠されることはないからです。MHCの発現によって生体のすべてが抗原になることが判りました。全ての細胞が抗原として攻撃の対象となります。

 生体の全てが抗原として攻撃の対象となれば個体は生まれる前に死んでしまいます。ところが、自己を抗原と認識した細胞は、その殆どがその前に死んでしまうことが判り、アポトーシスの意義が少し解明されました。

 自己を抗原とすることによって自己を認識します。そして、始めて非自己の抗原が自己とは異なる抗原であることを認識するシステムを開発しました。しかし、自己を抗原として認識する細胞が個体を占めているわけにはいきません。もし、そのような細胞が活躍すれば、個体の存続はありえないからです。危険きわまりないシステムです。この危険をアポトーシスという機構によって遠ざけ、システムを完全なものにしていきました(「免疫の病気:発症のからくり」を参照)。免疫機構獲得にはアポトーシスがなければ完成されなかった、そのため、図にはアポトーシスという言葉が多用されているわけです。バセドウ病の原因は自己抗体産生にあると思われていましたが、それは本質的原因ではありません。アポトーシスが上手くいかなかったところに原因があったのです。

自己免疫性甲状腺疾患:1)バセドウ病

図1.自己免疫性甲状腺疾患:1)バセドウ病