神経の可塑性(2)

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5.記憶研究の為のモデル,LTP

 シナプス可塑性を知るための実験モデルとして長期増強と長期抑圧 (それぞれlong-term potentiation [LTP]とlong-tem depression [LTD])として知られる電気生理学的現象がある.これらは,シナプス前部からの一定の大きさのテスト入力に対するシナプス後部の反応(シナプス後電位の発生)の大きさ,すなわちシナプス伝達効率が,そのシナプスに対するある特殊な入力刺激の後に,長時間にわたって(実験的には1時間以上)上昇したり抑制されたりする現象である.前者がLTP, 後者がLTDである.図3で,LTP発生のメカニズムの概略を,興奮性のグルタミン酸作動性シナプス(海馬CA1の錐体細胞のシナプス)で見られる典型的なLTPにおいて説明する.

長期増強の誘導とシナプスの変化

図3. 長期増強の誘導とシナプスの変化

 ここには3つのシナプス(刺激前,刺激中,刺激後)が書かれている.上がシナプス前側,下がシナプス後部側である.同じ強さのテスト刺激を軸索部に与え,それに対するシナプス後電位の大きさが下部に赤で示されている.黒く塗りつぶされている部分がPSDでそこに二つのタイプのグルタミン酸受容体(NとQ)が描かれている.N (NMDA受容体) およびQ (AMPA受容体) は神経伝達物質(この場合はグルタミン酸)の受容体であるが,同時に,シナプス後電位を発生にかかわる主要なイオンチャンネルでもある.大きな刺激前ではテスト刺激により放出されたグルタミン酸によりQのチャンネルが開いて通常の大きさの電位変化が起こる.Nのチャンネルはマグネシウムイオンが塞がれて閉じたままである.大きな,あるいは高頻度の刺激により,多量のグルタミン酸がシナプス間隙に放出されるとQのチャンネルが長い間開きそのためにシナプス後部の電位が大きく変化(脱分極)する.この電位変化によってNのチャンネルを塞いでいたマグネシウムイオンがはずれるために, Nのチャンネルが開き,細胞外からカルシウムイオンが流入する.シナプス後部でカルシウム濃度が上昇することにより,様々な化学反応が引き起こされて,シナプスが変化する.その後,以前と同じ大きさのテスト刺激をシナプス前側に与えると,シナプス後部には大きな電位変化を生ずる.すなわちシナプス伝達効率が上昇する.この変化は長時間続く.これがLTPという現象である.

 それでは,大きな,あるいは高頻度の刺激中にシナプス後部でどんな変化が起こるのであろうか.シナプス後部には様々な細胞内情報伝達系が備わっている.その場の一つとして重要なのがPSDという特殊構造である.そこには様々なタンパク質リン酸化経路が配備されており,これらが細胞内カルシウム濃度の上昇によって活性化され,いろいろなタンパク質がリン酸化される.特にQのチャンネルがリン酸化されると,同じ量のグルタミン酸を受け取っても,自身のチャンネル開口時間が長くなる.そのためにシナプス後部での電位変化が大きくなる.また,シナプス外に待機しているQのチャンネルがシナプス部に集まってくることも,シナプス後電位を大きくする仕組みの一つである.主なタンパク質リン酸化酵素として,カルモジュリンキナーゼ,Cキナーゼ,ある種のチロシンキナーゼなどが連動して働いている (図4).

LTP初期フェーズの成立メカニズム

phosphorylation, targeting (transformation from silent synapse)

図4. LTP初期フェーズの成立メカニズム