運動とエネルギー代謝

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1.運動後のエネルギー源の回復

 スポーツ競技の成績は、競技間の限られた時間内にいかに速く筋力を回復するかにかかっている。すなわち、これは筋肉のそれぞれのエネルギー供給源の回復速度に依存する。

1-1) クレアチン・隣酸系

 よくトレーニングされた運動選手の全骨格筋内のATPの平均濃度は0.6Mであり、これは最大運動収縮時には、10〜15秒で枯渇する量である。一方、解糖系によるATPの最大合成速度は2.5M / 分であり、さらに好気的代謝系の場合は1M/ 分であることから、理論上は枯渇したATPは15〜30 秒で回復することになる。しかし、実際には筋細胞内のATPが完全に枯渇することはなく、ATP分解の逆反応がおこるので、ATPの正味の合成速度がその最大値に達することがない。そのため、クレアチン・燐酸系の完全回復には3〜5分を必要とする。

1-2) 解糖系

 乳酸の蓄積は、解糖系のいくつかの律速酵素活性を低下させることでATP産生を抑制し、ミオシンATPase活性を阻害することで筋収縮を抑制する。したがって、筋肉内に蓄積した乳酸をいかに素早く筋肉内から除去し代謝するかが運動の継続のために重要である。ほとんどの競技の場合、この筋細胞内の乳酸の半減期は20〜30分であるが、解糖系をその最大能力まで発揮させるような競技では、競技後1時間たっても細胞内の乳酸濃度が運動前の基準値に回復することはない。

・乳酸シャトル説 (lactate shuttle) とモノカルボン酸輸送担体(monocarboxylate transporter: MCT)

 従来、乳酸は運動中の細胞内の好気的代謝系の容量の限界を超えた運動強度による相対的な酸素不足よって生じる一種の老廃物という考えが一般的であった。しかし、最近のトレーサー実験の結果から、比較的低強度の運動中や食事による栄養補給などによる各組織へのエネルギー基質分配の媒体して、乳酸が重要であることが明らかとなった。また最近、各組織の細胞膜表面に促通拡散(facilitated diffusion) による乳酸の輸送担体(MCT)が同定され、現在のところ4種類のアイソフォーム(MCT1~4)が報告されている。運動時に特に重要なのが、MCT1とMCT4 である。MCT1は主に心臓、骨格筋のSO線維に多く分布し、細胞外から内への乳酸輸送を促進する。一方、MCT4は骨格筋のFOG 線維に多く分布し、細胞内から外への乳酸輸送を促進する。さらに最近、骨格筋のSO線維のミトコンドリア膜においてもMCT1が同定された。以上の結果から、Brooks らは図1に示すような乳酸シャトル説を提案している。すなわち、主としてFOG線維で産生された乳酸は血液に拡散し、心臓や骨格筋のSO線維内に輸送され、ミトコンドリア内でエネルギー基質として利用される。一方、肝臓ではMCT2を介して血中乳酸が細胞内に取り込まれグリコーゲンの合成に利用されるとしている。

図1. 乳酸シャトル説
運動時に主としてFG線維でグリコーゲン分解によって産生された乳酸は心臓やSO線維によってエネルギー基質として消費される。
(Brooks et al. Exercise Physiology, 2nd ed., p.75, Mountain View, 1995 より)

 

1-3) 好気的代謝系

 運動終了後に酸素消費量が運動前のベースラインにまで回復するまで、運動強度、時間によるが数十分から数時間必要とする。これを酸素負債(oxygen debt)とよぶ。 さらに、これは非乳酸性酸素負債 (alacatacid oxygen debt) と乳酸性酸素負債 (lactic acid oxygen debt) に分類される(図2)。

 非乳酸性酸素負債は、運動直後に観察される約30秒という比較的短い半減期をもつ酸素消費量である。運動直後の筋バイオプシーによる筋内ATPとクレアチン燐酸の濃度の減少から得られたエネルギー消費量と非乳酸性酸素負債量との間に非常に高い正相関が得られていることから、ここでの酸素消費量のほとんどは、クレアチン燐酸系の再合成に用いられていると考えられる。例えば、骨格筋におけるクレアチン燐酸の総量は男性で0.6 molで、運動によってこれが枯渇したとすると、その回復には約4リットルの酸素が必要であると推定されるが、この値と実測値はよく一致する。

図2. 乳酸性および非乳酸性酸素負債
運動開始と同時に酸素消費量が増加するが、エネルギー消費量に相当する酸素消費量は得られない。 これを酸素不足と呼ぶ。この酸素の“借金”は、運動後、酸素負債として返却される。これには乳酸性と非乳酸性がある。
(Guyton : Textbook of Medical Physiology, 5th ed.,W.B. Saunders, 1976 より)

 乳酸性酸素負債は、非乳酸性酸素負債に続いて数十分という比較的長い半減時間をもつ酸素消費量であり、従来、運動中に筋肉や血液に蓄積された乳酸を除去し代謝するための酸素消費量だと考えられてきた。その根拠として、Hillらは運動時に筋内に蓄積できる最大乳酸量は筋重量の0.3% であるとし、さらにその乳酸のうち80%がグリコーゲンに還元され、残りの20%が酸化されると仮定し、そのための酸素消費量を乳酸性酸素負債とした。しかし、上で述べたように乳酸は老廃物として蓄積されるだけでなく運動中にも酸化されていることが明らかになっていることから、最近ではHillらの定義する乳酸性酸素消費量が単に乳酸の酸化のみに起因するという考えは方は否定的である。現在では酸素負債を、乳酸性、非乳酸性と分離せず、単に “execess post exercise oxygen consumption (EPOC)”と呼ぶことが多い。

 好気的代謝系による運動の持続時間は筋肉内のグリコーゲン量に依存し、その早期回復は運動競技者にとっては一大関心事である。運動によって消費されたグリコーゲンの回復は、摂取する食事内容に大きく左右される。図3は、激しい運動後に高炭水化物食と高脂肪・高蛋白質食を摂取させた場合の筋肉内のグリコーゲン量を比較したもので、運動回復時の高炭水化物食の重要性を示している。さらに、運動後に3日間高脂肪・高蛋白質食を摂取させ、その後高炭水化物食を摂取させた場合には筋肉内の著しいグリコーゲン量が増加する。この研究結果はマラソンなどの現場で、競技前のカーボハイドレイト・ローディング(carbohydrate loading)として選手の持久力向上のために現在広く実施されている。

図3. カーボハイドレート・ローディング
持久性競技前に筋肉グリコーゲンを蓄積させる方法。競技1週間前に最大運動負荷の運動を30分間行い、骨格筋内のグリコーゲン量を一度枯渇させる。その後、高炭水化物食を摂取すると混合食を摂取した場合よりも高いグリコーゲンの蓄積が得られる。さらに、運動後3日間低炭水化物食を摂取させた後、高炭水化物食を摂取させると、その効果は一層鮮明となる。
(Astrand et al., Textbook of Work Physiology, p.553, McGraw-Hill, 1986より)

最大酸素負債量(maximal oxygen debt)

 図4で示すように運動開始後1分までは、筋収縮のエネルギーはクレアチン燐酸系、解糖系などの無気性代謝系によって補われる。したがって、運動初期に本来なら必要とされる酸素消費量を酸素不足(oxygen deficit)と呼ぶ。定常状態が成立するような軽い強度の運動では、酸素不足量と酸素負債量はほぼ等しい。しかし、運動が短時間で激しい場合には、運動に必要な酸素需要量に供給量が追いつかず、無気性代謝系によるエネルギー供給で賄われる。これによって生じる酸素不足は運動後に酸素負債として“返済される”。最大酸素負債量は、一般に60秒間のトレッドミル走や400m疾走といった全身運動後に、酸素負債量を60分間測定することで求められ、これは各個人のクレアチン燐酸系や解糖系の最大能力を反映する。ちなみに最大酸素負債量は短中距離選手で最も高く、我が国のトップアスリートで最高16.8リットルが記録されている。

図4. 運動時のエネルギー供給系
最初、クレアチン燐酸系、ついで解糖系により無酸素的にエネルギーが供給される。長時間の運動では有酸素系によりエネルギーが供給される。
(岩瀬善彦他(編)):やさしい生理学、p253,南江堂、2000)